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脱・人と比べる




こんにちは。竹中です。



10月の十三夜さま。

月より雲の方がなんか迫力〜。


夜でもキレイに撮れて、スマホのカメラの進化はすごいなぁ…と思います。





「人と比べるのは不幸のもと。」





私の場合、


若いときはいつも人と比べて今の自分は大丈夫かな、って確認していたのですが、



ある時そういう自分に疲れて「私は私。人は人だ。」って決意してから誰かと比べるのをやめ、それからはとても気楽になったのを覚えています。




でも今振り返ると、



そのあとも、自分に都合がいいところでは誰かと比較して「わたしの方がまだ大丈夫、マシ。」などと、心の中ではずっとそんなことをしていたかなー…なんて思います。



結局、


誰だって自分以外の何かと比べっこして自分を確認することはやめられないのかもしれません。





でも、あんまり比較してばかりだと、嫌になっちゃいますよね。


だからといって、見たくないものをシャットアウトするのは逃げているようで、それも納得いかなくて。




そんなとき、「あ、数字か。」ということに気が付きました。



数字があるから比べられるんだ、と。




あの人はキレイとか、おしゃれとか、好きとか嫌いとか、気持ち悪いとか、趣味が悪いとか、



そういうのって人によって評価が違う「主観」なので、私は全然気にならないのですが、




数字でハッキリ評価されると、比べるしかなくなってしまうんだな…ってことに、算数が苦手な私は今頃気がつきました。



ああ、いやですね!

今ってなんでも数値化するから。



健康診断も、年収も、いいね!も、勉強も、スポーツも、何でも数値化。




不幸のもとだ、っていってるのに。


比較されたら戦うしかなくなってしまう…。





そこで、こういうのはどうでしょう。



誰かと自分を比べて落ち込んだり暗くなってしまうのが「イヤだ」という人は、



数値化できないもので、自分を見てみては。



たとえば…、



ここしばらくがんばってきたこと、


社会人になってから自分なりに積み上げてきたもの、


子供のころから大事にしてきたこと、


人に教わらなくてもなぜかできること、


みんなは興味がないけど私はなぜか惹かれるもの、


努力しなくてもいつのまにか手に入っているもの、


苦労しなくても人にしてあげられること、





うーん…、私だったら、



両親と暮らしているので、そばにいて毎日いろいろ手伝ってあげられることとか、


スタジオで生徒さんたちにヨガの空間を提供できることとか、


いつも新鮮なお野菜やお魚を分けてくださる人が周りにいることとか、


人に言いにくいすっごくコアな悩みを聞いてくれる人が何人かいることととか、


バッグやセーターを作るのが好きだとか、


お花の植え方を誉められることとか、


この仕事をここまでどんなふうに頑張ってきたかとか…、




こういうのって、


数字にする必要がなくて、自分を尊重し肯定できる素晴らしい視点だと思うのです。




他の誰かとは比べられないし、お金では手に入らない資産だな、と。




たとえば私は、結婚していないし子供もいないし独身で実家暮らしで、見栄っ張りでも高級志向でもないので、決して高収入とはいえないヨガの仕事でも掛け持ちせずに専念できるわけです。



これが、一人暮らしをしなければならないとか、誰かを養わなければならないとか、高級車に乗りたいとか、家を建てたいとか、旅行にいっぱい行きたいとかだと、なかなか大変かもしれません。金融機関などに就職した方が良さそうですね。



実家がお金持ちとか、パートナーの収入でやりくりできるとか、不動産収入があるとか、そういった環境の人や、私のような環境だからできること、



そういった「なぜか自分に許されている環境」って、誰にでも何かしらあるのではないでしょうか。



駅のすぐそばに住んでいるからできることとか、都会だからできることとか、特別な知識や技術があるからできることとか、旦那さんの稼ぎがいいからできることとか、おじいちゃんやおばあちゃんが毎週お小遣いをくれるから遊べるとか、私には一切そういうものはありません。



もっと言うと、

タクシー代が高すぎて気軽に飲みには行けないし、

東京のワークショップに参加する時は始発で行っても遅刻だし、

高校の頃は「高萩止まり」の電車じゃ帰れないから遅くまでバイトも遊びもできなかったし、

駅から家までのバスもまさかないし、

歩いて行けるコンビニもないし、

ピッチの電波も入らなかった。ピッチ!笑



いろいろ不便で「なんでうちはこんなに田舎なんだ」と親に八つ当たりしてましたね。毎日ケンカです。


忙しい中、いつも送り迎えしてくれてたのに。





ね。


ないものを恨んでもあんまりいいことないですね。




それよりも、「あるものを最大限に生かす」ほうが自分も周りもハッピーになれます。確実に。



ここまでの自分にできたこと、

今与えられている環境をフルに生かすこと、



そっちに意識を向けたらちゃんと「受け取れている」と思います。





それじゃない。そういうんじゃない。と身の回りにあるものを否定して、無いものを追いかけ、人と比べていると、



せっかく来たチャンスに気がつくこともできない。


気付いても、競争して人から奪ったもので両手が塞がっていて受け取れない。



そういうのはなんか違う…。と私は思うのです。



欲を持つなとか、行動するなってことじゃないんですけど、



なんか、奥さんがせっかく夕飯のおかずをつくって待っててくれたのに、冷蔵庫から納豆を出してくる旦那さんみたいだな、って笑。


なんか違うでしょ?




永続的な幸せってそこだと思うわけです。



本当に欲しいものはなんなのか、

私を満たすものはなんなのか、


自分の中心に戻ってくるために、


「脱・人と比べる」で、もっと自分の面倒を見てあげるのもいいかもしれません。




…やっぱりね、


欠乏感の一番の原因って、「自分が自分のことをちゃんと見てない」ってことじゃないかと思います。



夏前に咲いたモナルダ。アップするの忘れてた!

あまりにキレイで見とれます…。



それでは、今週も良き日々を〜♪



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